指栞(ゆびしおり)

すまじきものは宮仕え。

恐い話―ことの顛末2。

 昨夜、じゃないや今日の未明のこと午前2時前にドアの外でがんがん音がするのでまたかと思って起きた。家人はまだ起きてる時間だったし子供は塾にいて帰ってなかった。実は二週間ほど前にもドアの外で同じような音が聞こえてそれは断続的に三十分くらい続いて止まった。どうも隣家の住人が自分の部屋のドアをたたくか蹴るかしているように思われた。前回家人も子供もかなり恐かったようでうちは子供が塾にいる間は帰って来るまでドアに鍵をかけなかったんだけどそれ以降どんなときも必ず鍵をかけるようになった。隣人が何しでかすかわからないというのがその恐怖の正体だった。今回はまだ帰って来てない子供に家人が電話して音がやんだら連絡するからとりあえずそれまで帰って来るなと伝えた。どうしようか警察に通報しようかと話し合ってるうちになんかだんだん腹が立ってきた。なんで子供と家人をこんなに恐がらせなければならないんだ?止める家人を振り切ってドアを開け隣の部屋のものですがこんな時間に何をなさっているんですかと隣人のドアに向かって怒鳴った。すると音がやんですいませんだかなんだか割にか細い男の声が聞こえた。迷惑なのでやめて下さいと念を押してからドアを閉め再び子供に連絡してすぐに帰って来るように伝えた。それからまたドアを開けて階段を何段か下った踊り場で子供が帰ってくるのを待ち一緒に部屋に戻った。すると少ししてうちのドアがノックされた。隣人がさっきのことで謝りたいと言う。家人も子供も止めたんだけどこのままじゃずっと恐い思いが続くだけだと思って外に出て後ろ手にドアを閉めた。強いたばこの匂いがして髪や服にこの匂いが移ったらやだなと思った。
 僕と同じくらいの背で同じくらいの年に見える頭のはげた男がそこに立っていて自分は身体障害者だとまず始めに言った。手に何か持っていてそれを見せようとする。障害者手帳のようなものかも知れない。でも見たことないのでよくわからない。とりあえず凶器のようなものは見当たらなかったので話を聞くことにした。すごく酔っ払ってるようで(まあそれはこっちも大体同じだったんだけど)繰り返しが多くてわかりづらい話をかいつまんで記すとまずうるさい音をたてて申し訳ない、自分は障害者で大きな音を聞くと心臓が止まってしまう恐れがある、それで夜中に大きな音がするので抗議のためにドアを蹴っていたと言う。それはうちに対する抗議なのか尋ねると建物全体の音に対するものだと答える。建物全体が特にうるさい環境とも思えなかったのでうちの子が夜中に帰宅するときのドアの音が気になるということを言ってるように思われた。でもドアはもともと静かに開け閉めできるような代物ではない。鉄製で経年のため建物に多少ゆがみが来てるらしくある程度力を込めないと開けることも閉めることもできないし力が必要ということはそれ相応の音もするということだ。なのでうちの子は大学生で帰宅が遅くなることもあるしドアがこうだからある程度音がするのはどうしようもないと言うと深々と頭を下げて謝罪の言葉を述べお宅ではなく下の階の音だと思っていたと言う。それと今回たばこの件で不動産屋や大家からいろいろ言われたことも腹に据えかねるらしかった。大家からは空気清浄機を持ち込まれるし不動産屋からはたばこを吸うならベランダで吸えくらいのことを言われたと言う。ちなみに建物は同じでも隣とうちでは管理する不動産屋が異なる。うちの不動産屋から話を聞いた大家が隣を管理する不動産屋に働きかけて隣人に注意させた際にそういう言葉になったんじゃないかと想像された。なのでお宅が自室でたばこを吸うのは自由だとうちも不動産屋に言ってるしうちが不動産屋に依頼してるのは正にここのスペースのたばこの匂いを解消することでお宅にどうこうして欲しいと言ってる訳じゃないと繰り返し伝えた。それから大家が手を打って換気ができるようになったことも伝えた。隣人はそれを聞いて少し気が楽になったように見えた。たばこは吸ってもいいという条件で入居したのに今更うだうだ言われるなら敷金礼金引っ越し代金全部大家持ちで出てってもいいと言うのでそうしてもらえたらどんなにすっきりするかと思った。とにかく話が長いのでとりあえず双方の不動産屋と大家が悪いということにして少し落ち着いてもらって話を切り上げることにした。一時間くらいかかっていた。これでたばこの匂いの件の他にやや問題のある隣人という件が持ち上がったことになる。次またドアをがんがんやられたらどうすればいいんだろう。一応先方は二度とやらないと言ってるけど酔っ払ったらわからないぜと自戒を込めて思う。