指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

なんだかよくわからない話。

 去年の十一月なのでもう随分前のこと。オックスフォード大学を出たとかいう同じバイトに入ってるおじさんの話をした。英語はもとよりフランス語とドイツ語とイタリア語ができて中国語も少しわかって大学かなんかでスポーツ心理学とか水泳とかを教えていると言う。僕はその人のことをかなり初めの段階から薄っぺらくて胡散臭いヤツだと思ってあまり近寄ろうとはしなかったんだけど向こうから近づいて来ては話しかける。いつだったか僕はあなたのようなタイプじゃないので他人とそうたくさん話をしたりしないという意味のことをやんわり言って以来話しかけて来る頻度や内容が変わってやれやれ助かったと思ってた。オックスフォードだから敬称抜きのオックスと呼ぶことにする。その人がもう口にするのもめんどくさいんだけどオックス派閥というのをバイトの学生たちの中でつくり始めていてそれに入らないかと学生バイトから誘われたとラインで知らせて来てくれたのはボランティアのために一度はバイトを辞めたんだけど夢破れて(?)戻って来てくれた女子学生さんだった。彼女にも名前をつけておく。サコちゃんにしよう。サコちゃんは気立てがよくてまじめで仕事もきっちりするのでグレートマザーまーさんの他うっちゃんやもちろん僕もとても親近感を持っている。ただ彼女は割に独立心が強く人が訳もなく群れることをあまりよしとしない。という点で僕とはすごく話が合う。だからオックス派閥の話を聞いて即座に「気持ち悪い」と思った彼女はどうしたらいいんでしょうと僕にラインしてきた訳だ。なんでもバイトの中には最長老のデタさん擁するデタさん派閥とオックス派閥があって構図としては対立してるらしい。でもサコちゃんの考えではデタさんは超温厚な人だから派閥をつくるなんて信じられないということで僕もまったく同感だ。オックスが派閥をつくるにあたり結束を強めるための仮想の敵としてデタさんを選んだだけなんじゃないかと思われた。しかしまあなんだって派閥なんてつくる必要があるんだ?無意味なだけにかえってグロテスクに思える。それで前から言ってるようにオックスは胡散臭いと僕は思ってるからその取り巻き連中(というのが本当にいればの話だけど)とは距離を置いた方がいいと返した。もちろんサコちゃんもそれでいったん納得した。そのサコちゃんから今日またラインが来て仕事のやり方についてこの施設のは間違ってるとオックスがサコちゃんに直に言ったということでその話の中にはデタさんや僕のことも触れられていたと言う。具体的に何を言ったかサコちゃんは伝えて来なかったがどうせろくでもないことに決まってる。オックスがことある毎にデタさんのことを悪く言うのは僕も直に聞いて知ってたし。でも仕事のやり方が間違ってるなら女子学生のバイトなんかじゃなく社員でもなんでもしかるべき人にそう言えばいいだけの話だ。サコちゃんの感じたところに拠るとオックスの目的はデタさんや僕のことを悪く言うことによって学生バイトを自分の陣営に取り込むことにあるらしい。さすがにそれはサコちゃんの考え過ぎなような気がするけどたとえそうであったとしてそれで僕が被る被害なんてたかが知れてる。まーさんやうっちゃんやサコちゃんのような誠実に仕事をする仲間がいる限り僕も誠実に仕事をこなすだけだしあることないこと言われて学生さんたちからうとまれて仕事がやりにくくなるのなら辞めてしまえばいいだけの話だ。それでオックスの取り分が増える訳じゃあるまいし誰の得にもならないとは思うが。というようなことをサコちゃんには答えてとりあえず安心してもらった。ちょっとナーヴァスな女の子なんだからヘンな風にいじらないで欲しいとオックスに対しては思う。
 五十メートル泳いだとき休まずにまだ行けると思った。百メートルでも百五十メートルでもそう思った。腕に力を込めずにとにかく楽に泳ごうとした。二百メートルでも三百メートルでも休む必要を感じなかった。それで結局四百メートルまで一度も休まずに泳げた。タイムを見るとその間五十メートルあたり1分17秒ちょっとかかってるのでいつもより十秒くらいはゆっくりなペースだ。それからは一回の休憩を三十秒以内に収めるよう気をつけながら昨日までの五十メートルずつじゃなく百メートルずつ泳いだ。六百メートル泳いだところで33秒休んでしまったのを除けば休みは三十秒以下に抑えることができた。最後の百メートルがもっともペースが上がって五十メートルあたり1分10秒。合計27分46秒で千メートルを泳ぎ切る。初の20分台で先週の金曜日と比べると一週間でなんと十分以上もタイムを縮めている。自分の分析(もっともそれが可能だったのはアップルウォッチのデータがあってこそだったんだけど)と方法が間違ってなかったのもうれしいしそれに体が着いて行けたというのもうれしい。次の目標はなんだ?千メートル無休かなあ。とりあえず五百メートル無休を目指すか。