指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

またもう時間がない。

 今日もラストまでバイト。お風呂に入って一杯飲み始めた今はすでに十一時を回っている。調子がよければ三十分で千字くらい書けることもある。でもバイト終わりじゃそんな気力もない。特にネタもない。だからこのブログの多くのエントリがそうであるようにその日あったことを適当に綴るしかない。と書いてきてわたくしは一体誰に対してなんの言い訳をしてるんだという気がしてきた。でもまあ誰かにエクスキューズしたい夜もある。それを許してもらえたならなんかうれしいし許してもらえなかったらなんか悲しい。ただそれだけのことだ。うーん何書いてるか自分でもよくわからなくなってきた。まあいい。先を急ごう。七時前に起きて家人がつくってくれた朝食を食べてからプールへ。雨が降ってたんだっけな。いつもより遅めにプールに入り33分21秒と理想から言えば遅いものの最近ではよくも悪くもアベレージになりつつあるタイムで千メートル泳ぐ。三百メートルくらいでひどくつらくなって今日は五百くらいでやめようかと思うけどいざ五百メートルに到達してみるとまだまだ行けると考えを変えて結局千まで泳ぐ。僕にとって千メートル泳ぐことは毎回が挑戦だ。毎回が最後までたどり着けるかわからないスリリングな冒険であり内語(って言葉をATOKは知らなかった。自己との対話とでもいう意味でいいのかな。コノテーションとも言うかも知れない。フェルディナン・ド・ソシュールの見出した概念だった覚えがある。)だけでできた小さな物語だ。泳いでる間に何を考えてるのかという疑問を持たれる方もいらっしゃるかも知れない。でも大したことは考えてない。難しいことを考えるには泳ぐという行為は過酷すぎる気がする。少なくとも僕にとってはそうで数学や英語の問題のことを考えてるなんてたぶん一度もない。頭を圧倒的に占めてるのは今自分がなんメートル泳いでいてあとなんメートル泳げば千メートルに達するのかということだ。二次方程式の解の公式も仮定法過去の文型も「ばら」という漢字の書き順もそこには浮かんでこない。(これでは高校生にさえ笑われてしまう。)そういうことを考えながら泳げる人というのもいるのかも知れない。でも少なくとも僕はそうじゃない。だから大したことは考えてない。息が苦しいからできるだけ早く息継ぎをしろ。とか次で八百メートルだからタイムを見て必要なら何十秒か休め。とかもちろんそこまできちんと言語化してない情緒と言語の間にある何かを感じてるだけだ。・・・ええと何を書いてるんだっけ?よくわからいから寝よう。