指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

うさぎ亭について。

一昨日は「村上モトクラシ大調査」の日だった。まあ結果については特にコメントはない。ただ、うさぎ亭についてちょっと思い出したことがあった。

うさぎ亭というのは「村上朝日堂はいほー!」所収のエッセイの中で取り上げられている定食屋だ。そこのお昼の定食が、村上さんの面目躍如といった感じで激しくおいしそうに書かれている。これはもう、未読の方にはお読みいただくしかない。食べ物があれほどおいしそうに書かれているのを他に知らない。空腹の時には読むのがつらくなるほどだ。

でも個人的にはあれは、フィクションと言った方がいいのではないかと思ってきた。いや、全部が全部村上さんの創作だと言っているわけではない。何しろエッセイなのだからモデルとなる店が実在した(あるいは現在も実在している)可能性はとても高い。

でもたとえ実在したとしても、それを覆い隠して余りあるほど村上さんの描写は巧みだ。そこでは、事実のリアリティーを村上さんの言葉のリアリティーが追い越してしまっている。言葉を通して事実に達するという経路が寸断され、あるのは村上さんの言葉だけでその向こうには何もないように感じられる。つまり、あまりに言葉のリアリティーが強すぎて、事実が存在するかしないかはさして重要な問題ではないように思われるのだ。

勘だけど、村上さんもそういう事態を何割かは狙っていると思う。店の名前にしてもいかにも村上さんらしいし。事実や現実にまるで影響を受けない、言葉だけのリアリティー。個人的にそういうのがフィクションのあるべき姿だと思っているし、そういうフィクションがとても好きだ。