指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

輪郭を取り戻す。

真鶴 (文春文庫)

真鶴 (文春文庫)

どういう固定観念かわからないけど女流の作家と言うとみんな独身みたいな感じがしちゃうんだけど、もちろんそんなことはないだろう。川上弘美さんはどうなんだろうか。この作品を読む限りでは結婚して出産と子育てを体験した方のように思われる。そうしたひとつひとつの意味をきちんと考え尽くしていないとこの作品は、少なくともその一部は書けないように思われるからだ。でもまあそういうのもあまり当てにはならないかも知れない。体験したことのないことの意味を考え尽くすことだって不可能じゃないから。
語り手の母や娘に向ける視線や、妊娠や出産についての実感、あるいは生活に逃げ込むという感じ方など、いずれもがとても的確な気がして共感した。それを支える大切な概念が、輪郭ということじゃないかと思われた。登場人物はとがったりやわらいだり、にじんだりみなぎったりする。中でも語り手はその時々によって薄かったり濃かったり、男だったり女だったりする何者かに憑かれる。その何者かの気配が濃くなると、話しかけられたり手を握られたりもする。もちろんその何者かはもうひとりの自分に違いないけど、普段から輪郭の確かさにこだわる感受の仕方があるために、自分の輪郭が危うくなると彼らに憑かれることになるように思われる。あるいはそういうこだわり方がすでに少しだけ病態なのかも知れない。
明るい光の中ですべての物がそのくっきりした輪郭を取り戻す。それは語り手が自分の輪郭をくっきり描けている証拠だ。場所は東京であって真鶴ではない。真鶴は語り手にとって輪郭のぼやけ具合を加速させる異界の役割を担っている。なのにその真鶴がとても魅力的だ。自分にとっての真鶴はどこにあるんだろうと思う。どこかにあって欲しいと思う。