指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

綻んで行くこと。

夜はやさし(上) (角川文庫) 夜はやさし(下) (角川文庫) 夜はやさし(上・下)」 F・スコット・フィツジェラルド著 谷口陸男訳
画像が無いと寂しいので正確にはこの版じゃないんだけど訳者も合っているのでとりあえずこれということで。
主人公はやはり善きアメリカの倫理を体現していると思う。たとえば美しい妻の精神病の本当の原因を、妻の家の不名誉になるからと隠し通すことなどにそれは表れている。あるいはローズメリーという静養中の映画女優が彼を賞賛し崇拝する理由によく表れている。でもそういう彼の美質はやはりたくさんの努力の上に成り立ったものだった。あるところまではそれでうまく行く。でもあるところから彼はその努力から来るストレスに耐え切れずに徐々に綻びを見せ始める。その過程は本当にリアルに描かれている。結果的に彼は多くのものを失って行く。
彼も妻もかつて自分たちが美しかったことなどもう思い出せない。ただローズメリーの記憶の中では、彼らはいつまでも美しい姿を留めている。そのギャップがとても哀しい。しかも主人公にはギャツビーなら使えた最終手段が許されていない。彼は破滅しきることもできず、その像にたくさんの綻びを抱えながら静かにフェイドアウトして行くしかない。それもとても哀しい。