指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

なじみの売り子とその客。

このブログを読みに来て下さる方の中でプロ野球の観戦をなさったことのある方がどれくらいいらっしゃるかわからないけど、あれは席に座っていると売り子の女の子が食べ物とか飲み物とかを売りに来るようになっている。たいていはゆったりしたTシャツにショートパンツを身につけたどちらかと言えばやせ気味で顔立ちもかわいい女の子たちだ。売り子さん(というのは呼び方として古すぎるだろうか、でも他の呼び方を思いつけない。)の中に男の子がいるのを見たことは少なくとも東京ドームでは一度もない。東京ドームのスタンドというのはもともと高低差が激しいし勾配も場所によっては恐いほど急だから、そこを駆け上ったり駆け下ったりするのは体育会系の男の子の方がよほど適しているように思われる。でも男の子はいない。
その理由は?もちろん女の子の売り子さんの方がより多くの売上げを上げるからだと思われる。プロ野球ファンにも女性は多いけど、彼女たちのためにイケメンの売り子さんを揃えるより彼女たち以外の客のために女の子を集めた方が効率がいいという判断のように思われる。それにプロ野球選手を前にすればイケメンもかすんでしまうかも知れない。
それで売り子の女の子になじみの客がつくということが起こる。何度か見かけたことがある。昨日見かけた人は五十代半ばのようだった。彼は売店では何も買わずにやって来る。そしてある特定の女の子が売り子でやって来るとその子からだけビールを買う。女の子も心得たもので、ここにいたんですか、とか親しげに話しかけて数分の間雑談をして行く。彼女が行ってしまうと彼はゆっくりとビールを飲み、ゲームを観戦している・・・かどうかはわからない。拍手ひとつする訳でもなくゲームの行方になど特に関心があるように見えないからだ。数十分後、あちこちでビールを売って回って来た彼女が近くを通りかかると、また呼び止めてビールを買い少しの間雑談する。見るともなしに見ていたんだけど、それが三回繰り返された。彼は二千四百円かけてビールを三杯買った訳だけど、ほんとに欲しかったのはちょっとかわいい女の子と束の間言葉を交わす時間だったんじゃないかと思う。彼はビール売りが引き上げる時間帯になるとゲームの成り行きなど一顧だにせず席を立って去って行った。
そういうのってなんか哀しい、と言い切ってしまうことができないのは、自分もいつかそんなことに束の間の慰めを見出す中年男にならないとも限らないからだ。そういうところへ否応なく吹き寄せられて行ってしまう運命みたいなものを感じない訳には行かないからだ。
ああいうことを続けていればいつかあわよくばって思うのかな、ああいう男の人は?と家人が尋ねる。想像してみたけどさすがにそれは寂し過ぎる気がしたので、会話だけでいいんだよ、あの人たちには、と答えながら、どちらも寂しさとしてはさほど変わりないと気づく。