指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

久々に読んだ本。

パン屋を襲う 村上春樹著 「パン屋を襲う」
気分も落ち着かないし、本なんて読んでる場合じゃないだろうと思えて読まなかったけどこれは別格。四月に出るという村上さんの長編も別格。
個人的な細かいことを言うと「パン屋襲撃」よりも「パン屋再襲撃」の方を先に読んだので後者の方がずっと強く印象に残っていた。もっともそれには収録された単行本の性質も関係してるんじゃないかと思う。短編集「パン屋再襲撃」の他の収録作を見ても全体的に重く暗い印象がある。最後の作品「ねじまき鳥と火曜日の女たち」の、猫の失踪をきっかけに仲違いした夫婦が誰も取らない電話が鳴る中夕暮れを迎える結末は、本当に救いの無いほど暗いものだったような憶えがある。それに比べると「パン屋襲撃」が収録された「夢で会いましょう」は糸井重里さんとの合作で基本的にはユーモラスな印象だった。その講談社文庫の初版が手許にあるので開いてみたら、「パン屋襲撃」と後に改題されるらしい「パン」のひとつ前の短編は、糸井さんの手になる「ハルキ・ムラカミ」でまじめなのかそうでないのかわからない作品に思えるし、そのもうひとつ前の短編は村上さんの「ハイヒール」で、これはハイヒールをはいた象を見かけるという話だ。シリアスになりようがない。そんな雰囲気の中で「パン」もちょっと変わった寓話みたいに読めてしまう。
でも改題されて「再びパン屋を襲う」とカップリングされた「パン屋を襲う」は挿し絵の力もあって随分印象の異なる顔立ちをしている。それを味わうことができたならこの本を読んだだけの意味はあったことになるんじゃないかという気がする。