指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

不思議な時制。

私の中の男の子

私の中の男の子

主人公は若い女の子で作家だ。デビュー二作目の単行本のカバー画が送られて来る。

メール添付で、カバー案の画像を送ってもらい、それをパソコンの画面上で見た。もっとよく見るために印刷をして、その紙も見た。
うっうっと喉から声がこぼれた。

たったこれだけで主人公の命がけみたいな切実でひたむきな思いが伝わって来た。後にわかるがそのカバー画は主人公の作家としてのアイデンティティーを傷つけるような内容のものだった。「うっうっと喉から声がこぼれた」のはとても悲しかったからじゃないかと想像された。その悲しみがほとんど痛みみたいに胸を刺した。個人的なことになるけどもう長いこと、小説をそんな風に読むことを忘れていた気がした。
主人公は女性である前に作家であるというような、自分は人間でなくなりたいし作家は人間じゃなくなれるんじゃないかというような、エキセントリックな考えの持ち主でだからとても生きにくそうに見える。お前はこの主人公に共感できるかと問われればよくわからないと答えるしかないかも知れない。にも関わらず彼女に好意のようなものを抱かずにいられないし、その好意は作者に対するものをも含んでいる。これだからこの作者の小説が好きで全部読みたいと思ってるんだと思う。もしこんな風に正直になるなら自分もそれなりにエキセントリックで生きにくいのかも知れないと考える。そしてもし自分が生きにくいのなら、きっと誰もがエキセントリックで生きにくいのだ。
時間の流れが不思議で、いつの間にかお話は今より十年以上未来の時制に入る。その意味はよくわからないんだけどその不思議な時制がこの作品にとても似つかわしい気がした。