指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

単行本と文庫本。

 夢で会いましょう (1981年)

カンガルー日和 (1983年)

 

 こういうことを書き始めるとマニアっぽくてやなんだけど単行本と文庫本でテキストが異なるという話を聞くとなんとなく気になる。さらに村上春樹さんの場合「全作品」に収録される際にも手を入れられているという話なのでそれもすごく気になるけど正直そこまでは手が回らない。すでに持ってる作品を買い直すにしては値段だって安くない。ただ文庫本で初めて読んだ本の単行本がブックオフなどで安く手に入る場合はこまめに買いそろえている(ブックオフ・オンラインを利用すればもっと効率的に集まるかも知れないけど今のところそれはやってない。けどそのうち始めるかも知れない。)。という訳で今回触れる糸井重里さんとの共著「夢で会いましょう」も「カンガルー日和」も単行本を持っている。どちらも百円か二百円かで手に入れた。
 「夢で会いましょう」の単行本版と文庫版を見比べると後者には村上さんの書かれた「本文をお読みになる前に」と糸井さんの「後書きにかえて」が追加されていることがわかる。また村上さんの十二編が削除され新たに十二編が追加されたと凡例にあり削除されたタイトルはわからないけど追加されたタイトルは記載がある。だから単行本を読んだ後に文庫版で追加された十二編を読めばおそらく全編が読めることになると思う。実はこの短編集はあまり読み返した記憶がない。二度か三度かは読んでると思うけど糸井さんの文体と村上さんの文体が違いすぎて一編一編こちらの読み方を調整するのが結構大変だからだと思う。ただ村上さんの「パン」は短編「パン屋再襲撃」の前日談で個人的に「パン屋再襲撃」が大好きなのでそういう意味でも楽しめる。
 「カンガルー日和」の単行本は箱入りのソフトカバーで本体には半透明のカバーがかかっている。買ってからわかったんだけどこれは初版だった。佐々木マキさんの表紙の絵が文庫版とは異なっている。また本の中に収録されている佐々木マキさんの絵(小説とはおそらく無関係だと思うので挿絵という訳ではないようだ。)は配置が結構違う。またほぼ正方形の判型なので文庫版と比べると随分読み心地が異なる。それしか読んだことがなければ(個人的には三十年くらいは文庫版しか読んだことがなかった。)全然違和感はないけれど読み比べてみると文庫版は字が小さくて単行本にあるなんかこうのんびりした感じが失われていると言えるかも知れない。
 お話はどれもとてもおしゃれで文体もすごくかっこいい。若い頃はこの気の利いた文体が心の底から好きだった。ただ今回読んでみて改めて気づいたこともあった。まず「5月の海岸線」での語り手の怒りはかなりそのまま作者自身の怒りのように思われたことだ。これは「羊をめぐる冒険」にも引き継がれる(時系列に矛盾があるなら「羊をめぐる冒険」を引き継ぐ)怒りだ。それから「サウスベイ・ストラット」はレイモンド・チャンドラーフィリップ・マーロウへのオマージュだということ。村上さんのチャンドラーの翻訳を読む前にはこれがそういう作品だということに気づけなかった。「鏡」もすばらしいし「とんがり焼きの盛衰」の揶揄も楽しい。でもいちばん好きなのは「スパゲティーの年に」だ。若い頃もそうだったし今でも変わらない。ただこの作品の別バージョンをどこかで読んだ覚えがあるんだけどあれはいつのことでどの本だったんだろう?