指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

村上春樹ライブラリー七回目。

 相変わらずの好天で早稲田への道中も構内もとても気持ちいい。時間より早めに行くと列に並んだりしなきゃならないことがあるのでほんのわずか時間より遅めに行く。ライブラリーの前には誰もいなくてスムーズに中に入ることができる。今日の入館カードのナンバーは26。これまではすべて印刷されていたけど今日は手書きの26だった。入館カードだけは毎回写真に撮ることにしている。初めて行ったのが10月7日のことだったのでもうすぐ二ヶ月が経つ。ちょうど二ヶ月になる前にあと一回予約を取っている。
 今日は「村上春樹全作品1990~2000」の二巻目をもう一度取ってきて解題を最初から読み返す。うーん、これ手元に置いておきたいなあ。図書館で借りてコピーした方がいいかなあ。前回書いた岡田トオルハジメ君の過去の処理の仕方の違い。長いけど自分への備忘という意味もあるので引いておく。

(前略)物語の進行の中で岡田トオルがしばしば聞き取る過去からの響きは、主に他者のかかわる過去の響きである。自分自身の過去ではない。極言するなら、彼は他者の過去性の中に否応なく引きずり込まれていくのであり、それがこの「ねじまき鳥クロニクル」という物語の基調をなしている。
 「国境の南、太陽の西」のハジメ君はそれとは逆に、基本的に自らの過去の響きの影響下にあり、あるときには彼の現在は否応なくそれに支配されているようにさえ見える。べつの言い方をすれば、彼の頭上にはいつも「過去」という雲が浮かんでいる。彼がどこに行こうと、その雲は必ず彼の上にあり、彼の肩口にその小さな硬い影を落としている。彼は自分の存在のあり方の少なからざる部分を、過去という領域がもたらすものごとから構築していかなくてはならない。彼はそれらをより分けて分類し、そこになんらかの意味なり規則性なりを発見し(あるいはしようと努め)、それが現在の生活に運び込んでいるいくつかの重要な命題に対して、イエスかノーか、明確な結論を出さなくてはならない。それは決して簡単なことではない。しかし現実の生活においては、人が多かれ少なかれなさなくてはならないことである。そういう意味においては、「国境の南、太陽の西」は現実的な地平にかなりダイレクトなかたちでつながった物語であるということも可能ではないかと思う。(後略)
村上春樹全作品1990~2000 2」作者解題より。

 僕なりに慎重に書き写しタイプしたつもりだけど誤りがなければいいなと思う。もともとは同一人物だったハジメ君と岡田トオルがその後どのようなそれぞれの個性に分化したかがはっきり書かれていて本当に興味深い。こんな風に読み比べたことはなかった。これに比べると個人的な読み方としてはファンタジー性の高さということをすごく重要視してる気がする。言うまでもなく「ねじまき鳥クロニクル」の方が「国境の南、太陽の西」よりファンタジー性が高くファンタジー性が高い方が書くのが困難だと思うので「ねじまき鳥クロニクル」の方をより評価するということになる。でも「国境の南、太陽の西」の島本さんは実在してるのかというその後の指摘もおもしろい。それはハジメ君の脳内にしかいない存在ではないのか。もちろん作者にはその答えを出すことはできない。おそらくは倫理的に。言い換えれば読者の読む自由を奪わないために。でももし存在しないなら「国境の南、太陽の西」は一編のファンタジーということになってしまうようにも思われる。

(前略)僕としてはそのような意識と無意識とのあいだの境界が、あるいは覚醒と非覚醒とのあいだが不明瞭な作品世界を、現代の物語として提出してみたかったのだ。(後略)
出典は前掲書。

 「そのような」とは「雨月物語」を読んでそれがスーパーナチュラルかナチュラルかを問題にしない江戸時代の人々の心性のようなという意味でいいと思う。引用部の前にそういうお話が書かれているから。これは「スプートニクの恋人」についての言わば制作意図のひとつ。なるほど。
 引用部が長かったので読む方はあまり進まず結局二巻目の解題を通読しただけで時間になってしまった。作者は「国境の南、太陽の西」や「スプートニクの恋人」がカテゴライズされる「中編小説」について以下のようにまとめてこの解題を締めくくっている。

(前略)
 要するに、繰り返すようだけど、僕にとっての中編小説とはあくまでパーソナルなものであり、同時に実験的なものであり、そして基本的には小説を書くことの純粋な楽しみをもたらしてくれるものなのだ。
出典は前掲書。

 うーんと「全作品」の「自作を語る」と「解題」はいくら読んでもまったく飽きないほど本当に興味深い。なんとか手を考えていつでも読み返せるようにしたい。やっぱ図書館を当たるか。そう言えば子供の大学の授業でカズオ・イシグロの「日の名残り」を読んでこいという課題が出たそうでパパ持ってると聞かれて持ってると答えちょっと探したところどこにあるのかさっぱりわからない。これも図書館で借りるしかないかも。もうひとつあって家人が図書館の自分のパスワードを忘れてしまったので代わりに借りて欲しいものがあると言うので何か尋ねるとタッキー&翼のベストということでリクエストしたけどこれは取りに行くのがちょっと恥ずかしい。まあさだまさしさんのときも密かに恥ずかしかったんだけど。