指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

カルヴィーノのリアリズム。

 イタロ・カルヴィーノは寓話もしくはファンタジックな作風が本領の作家だという思い込みがある。でもこの初期短編集を読むと文体はリアリズムに近い。これらの作品群と同時期に書かれた代表作は訳者解説によれば「くもの巣の小道」と「まっぷたつの子爵」ということだ。どちらもどんな作品だったかもう覚えていない。だから文体という観点でこれら二作と本作とを比較してみることは今の僕にはできない。仮説をひとつ立てるくらいがやっとだ。カルヴィーノは作家としてのキャリアを積むにつれて寓話やファンタジーの方へ行く道を選んだのではないか。そう口に出して言ってみると似たような作家を少なくともひとり知っていることに気づく。ジャーナリストとして出発しマジックリアリズムに到達したガブリエル・ガルシア=マルケスだ。訳者解説によればカルヴィーノもジャーナリストとしてそのキャリアを始めたらしい。乱暴な言い分であるのを重々承知の上で言えばこのふたりの通った道筋には似通ったところがあるような気がする。そう思って読むからかも知れないけど本作所収の十一編のうちのいくつかはファンタジックな方向へ踏み出そうとしてるようにも読める。文体はリアリズムであっても後の作品で結実するこの作者の「らしさ」の萌芽はすでに見られていると言えばややうがち過ぎだろうか。ちなみに訳者の解説によると「魔法の庭」という名のカルヴィーノの短編集はない。訳者の手になるアンソロジーということになる。だから一冊を通してカルヴィーノ自身が意図したモチーフというのは想定できない。あるとしたらそれは訳者のモチーフか作者の無意識だけだ。訳者のモチーフについてはさしあたって興味がない。作者の無意識を読み取ることは言うまでもなく僕の手に余る。(画像は晶文社版の単行本。僕が読んだのはちくま文庫版です。前者は後者の底本なので内容はほぼ同じと考えられます。)