指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

銀婚式。

 と言っても特に何もなし。バイトは休み。いつもより二時間遅く起きて朝食をとって夏期講習。しばらく前からハンバーグが食べたくて機会をうかがっていたら家人がびっくりドンキーに行きたいと言うのでお昼はそれにする。授業後に池袋へ。家人はチーズバーグディッシュを僕は何も載せないハンバーグディッシュを注文する。僕は食前にハウスビール(とメニューにあったんだけどそんな言葉ほんとにあるのかな。ハウスワインはよく聞くけど。)。家人は食後にソフトクリーム。それで三千円くらい。食後は家人の希望でニトリに買い物に行く。それだけで池袋を後にする。最寄りの駅に戻って夕飯の買い物とかして帰る。子供が旅行中なので夕飯は適当。ふたりとも冷食のお好み焼き。とても銀婚式の晩餐とは思えない。でもまあ日常なんてそんなもんだよね。帰ってシャワーを浴びて乾き物で一杯飲んで昼寝。雨が降るかも知れないので昼寝前に洗濯物は取り込んでしまう。ところで僕はもともとびっくりドンキーのハンバーグをそれほどおいしいとは思ってない。家人と子供は大好きだ。たぶん好みの違いというだけの話だと思う。だからここのところ―と言うほど頻繁ではないけど―家人と子供のふたりだけで夕食に食べに行ってた。仕事の関係とかで時間が合わず僕だけひとりで夕食というケースが普通なのでそれはそれで何の問題もない。今日は銀婚式だし家人に譲る形で一緒に食べに行った。でも結局ハンバーグ欲は収まらなかった。食べたいハンバーグとは何かが違う。たとえば場末の汚い洋食屋さんのハンバーグ定食みたいなもの。食べたいのはそういうのだ。ソースは昔ながらのデミグラスソース。でもケチャップと中濃ソースを混ぜたような奴でも全然構わない。ハンバーグ自体もジューシーなんかじゃなくていい。ちょっと焼きすぎくらいだったら尚のこといい。というようなことを考えてたらふと思い出したのが荻窪に住んでる頃よく通ってた教会通りのユーガーというお店だ。カウンターだけの狭苦しいお店でとても汚かった。でもハンバーグはとにかくおいしかった。なんかこううまく言えないんだけどとても安っぽい味だ。この挽肉どうやって成形してんだみたいな。噛み応えがゆるゆるしてて挽肉と言うより何かペースト状のものを焼いて食べてる気がした。でもソースもすごくおいしくてしかも安かった。おなかが空いてるときはダブルチーズバーグをよく食べた。鉄板にハンバーグが二枚でそれぞれチーズが載せてある。付け合わせは確か炒めたミックスベジタブルと塩ゆでしただけのパスタだったかな。それにライスとコンソメみたいなスープ。もうひとつ盛り合わせというメニューがあってワンプレートにハンバーグが一枚と同じ付け合わせが載っててキャベツの千切りも盛られてたと思う。あと小さなクリームコロッケ。目玉焼きもあったかな?それにライスとスープがつく。消費税が導入される前のことで五百円しなかったと思う。ひとり暮らしは常に野菜が不足しがちなので栄養のことを考えるとこの盛り合わせもありがたかった。瓶ビールの小瓶を頼むとよく冷えててそれを飲みながら料理が出て来るのを待ってた記憶がある。三十五年以上前の話だ。年配の男性がひとりでやってたのでもうそのお店もとっくに閉店してるだろう。現に何年か前に教会通りを家人と歩いたときには見つけることができなかった。あれもう一回食べたいなと思ってダメ元で検索するとユーガーを姉妹店としていたお店の本店が今でも高円寺にあるらしいことがわかる。店名はニューバーグ。ユーガーの元ユーザーの方のコメントによるとすごく似た味で懐かしいということだった。まじすか。喜び勇んで家人にラインすると―塾の授業中に検索してたもんで。―そういうのは是非食べた方がいいと賛成してくれたので近く一緒に食べに行くことになると思う。銀婚式に神さまが下さったプレゼントかも知れない。プレゼントはもうひとつあって入塾のための問い合わせが一件来た。でも電話で話すうちにうちのスタンスとは求めてるものが違うことがわかってきた。たぶんそっちの話は立ち消えになると思う。残念だけどひとりの生徒さんのためだけに無理を強いられるというのもきついので今回はご縁がなかったということで。
 金婚式まで元気でいてと家人は言う。あと二十五年経つと僕は八十五歳になる。そのとき家人はまだ七十五だ。年の離れた嫁をもらうと年取ってから苦労する。