指栞(ゆびしおり)

すまじきものは宮仕え。

ただ、美しい、だけの、世界。

ヘヴン

ヘヴン

すごくよかった。途中であまりにつらくなりそうで読み進めるのがいやになった。ラストは心が震えた。ページを閉じているときも作品の雰囲気がフラッシュバックのように脳裏によみがえった。そんな風に物語に取り込まれたのは、最近では「1Q84」を読んだときと、まだ感想を書いてないけどもう一冊別の小説を読んだときで、そんな体験がしばしばあること自体が幸せなような気もする。
自己を仮託して誰かを聖化するということはあり得る。聖化というのは信仰の始まりなので、自己は、自己自身と聖化された誰かを絶対化し、彼ら以外の世界や他者を相対化する。逃げることなく受け入れる強さと、逃げようが無いから甘んじている弱さとは同じコインのうらおもてでしかなく、どちらを選び取ろうともその根拠は薄弱になるしかないのに、その根拠の弱さにはしっかりと目がつぶられている。そして目をつぶるのに使うのと同じ強さの虚しいエネルギーが自己に手渡される。その強くしかし虚しいエネルギーは自己を誤った場所に立たせる。聖化した誰かのその聖性そのものが失われてしまおうとしていて、そのことも自己の判断の誤りに拍車をかけてしまう。
聖性を負わされた彼は、しかし本当は聖性や信仰のようなおどろおどろしいものを抜きにして、彼女に親近したかった。でも彼女にはそれでは飽き足らなかった。後には、ただ美しいだけの世界が残されている。それは孤独な美しさだ。彼にはもう、その美しさを伝えたい相手がどこにもいなくなってしまったからだ。
作者はもしかしたらわざと村上春樹さんの文体を援用しているかも知れない。何度もそんな思いにとらわれた。でもできあがった作品は村上さんのものではあり得ない。それもまた作者の狙いかも知れない。もう一つ、作者はこれまでの守備範囲から何歩もこちらに近寄って来た気がした。それが守備範囲にい続けることに耐えられなくなったからか、意図的なものなのかはさしあたって判断がつかなかった。