指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

まとめ読み。

東京湾景 (新潮文庫) 吉田修一著 「東京湾景
最後の息子 (文春文庫) 最後の息子
初恋温泉 (集英社文庫) 「初恋温泉」
日曜日たち (講談社文庫) 「日曜日たち」
熱帯魚 (文春文庫) 「熱帯魚」
吉田修一さんの小説をまとめ買いして読んでいる。そしてやはり今ひとつとらえどころのない作家だという気がしている。「最後の息子」の三編の内二編は、たぶん作者の故郷かそれに似た場所が舞台になっている。表題作は文學界新人賞をとったゲイの話で、これまで読んだ中でゲイの話はこれしかないと思う。「Water」はちょっと若書きと言うか、底の浅い感じがする。「初恋温泉」に収められた五編は、ちょっと即興っぽい。実際にそれぞれの温泉宿を訪ねて、そこで思いついたお話をさっと書き下ろしたような印象だ。「東京湾景」は上記の中で唯一の長編。ここで見出されているのは、たぶん物語以前に場所だと思う。場所と距離感。「日曜日たち」は登場人物はまちまちだけど連作短編、「熱帯魚」は簡単にくくるのが難しいけど、収録作三編を貫いているのは、あえて言えばいらだちみたいなものだ。
どれもとてもおもしろい。たとえば「悪人」にあるような、ちょっとだけ顔見知りだけどどちらかと言えば嫌悪を感じている女の子を、クルマに乗せて人も通わない峠まで連れて行ってわざわざシートから蹴り出すような悪意の発露みたいなものが割によく現れる。やる方は気軽かも知れないけどやられる方にとっては深刻だというところが共通している。それと呼応するようにしばしば登場人物の情緒が薄い。それは「パレード」の共同生活のようだ。また「初恋温泉」や「東京湾景」を読むと、何かひとつ発見があれば、それを核にすらすらとお話を紡げる器用さが作者にはある気もする。そして相変わらず文体のエッジはあまり利いていないように思われる。それがとても不思議だ。
今は一冊だけ別の本を読んでいるけど、それを読み終えたらまた吉田さんの小説に戻る。今年はひとりの作家のまとめ読みが多い。性に合ってるのかも知れない。