指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

バイト二日目。

 バイト二日目。腰の痛みはほとんど感じられずわずかな違和感があるだけ。今日一緒の時間帯に来てるのは前回あまり話さなかった学生らしい男の子と初めて会うやはり学生らしい男の子のふたり。やりとりを聞いてるとどうやら同じ大学の二、三年生らしい。単位のことだのアイフォンを換えただのクルマの免許を取るだの春休みの予定だの結構よく話している。でもふたりとも感じは悪くない。仕事自体にはだいぶ慣れた。特にトラブルのようなものもない。力仕事も今日はなかった。
 彼らの話を聞いてると彼らがこれから通るであろう道を僕はすでに通り過ぎてしまったんだという気がすごくする。彼らにとって未知のものも僕はほとんど経験済みだ。単位を揃えて卒業もしたし就職もしたし免許も取ったし結婚もしたし子育てもしたし全部の人がそういう目に遭う訳じゃないけどリストラされもした。父親も亡くした。そういう意味ではこれから生きて行く上で新鮮なことなどもうないのかも知れないと彼らを見てると思えて来る。でもそれは実感とはちょっと違っている。たとえばこのバイトひとつとっても割と新鮮な体験だ。それに今の生活を特に退屈だとも思ってない。刺激に満ちたとは言えないにせよ毎日買い物に行ったり授業をしたりというルーティンワークもなかなか楽しんでるんじゃないかと思う。数学や英語の問題を解くのも好きだしときどき母校の施設を訪れるのも楽しい。図書館でCDを借りたりお稲荷様にお参りすることなんかもたぶん気に入ってると思う。最近本は読んでないけど音楽はコンスタントに聴いていてそれも楽しい。要するに大きなイベントがないというだけの話で普通の暮らしの中で細かく楽しい思いをしてるんじゃないかと思う。ただ彼らのこれからの波瀾万丈ぶりがもしかしたらちょっとうらやましいのかも知れない。よくできたRPGをすでにプレイし終えた人がまだプレイしてない人をうらやましく思うように。人生がよくできたRPGなのかと言えばそれはまあどうかなという気がするにしても。