朝起きるとのどに痛みがあって体もやや熱っぽいように感じられる。体温計で測ると三十六度ちょうどで特に熱があるとは言えない。でも体感ではいつもと何かが違ってるような気がする。朝食をとって泳ぐのは諦めて少しのんびりしてから時間より早めにバイトに出かけてみる。雨だ。バイト先へと歩くうちやはりちょっと無理なんじゃないかと思えてきた。呼吸がわずかに荒いし熱っぽさも増したようだ。誰かにうつしてしまっても申し訳ない。事務所には誰もいなかったのでプールサイドまで行ってみると今日一緒のシフトに入る予定のグレートマザーまーさんとうっちゃんがすでに来てる。それでふたりに声をかけて来るには来てみたんだけど微熱があって駄目そうなんで帰る。社員さんにその旨伝えて欲しいと言うと快諾され無理せずお大事にと声をかけてもらう。それで来たばかりの道をとって返して帰宅。バイトするつもりで下着の代わりに水着を着てったんだけど前にも触れたようにプールで使う物は基本的に不潔だと思ってるので全部脱いでシャワーを浴びる。外出から戻るとシャワーを浴びるという習慣がいつの頃からかついてしまった。最近思うんだけどこの習慣って意外に宗教的なんじゃないだろうか。外の汚れをうちに持ち込まないというのはもちろん衛生面での要請でもある。と同時にケからハレへと転換するための儀式的な側面も持ってる気がする。自分で体を洗いながらこれって要するに禊ぎだよなとか思うし。書き手がいつもの酔っ払いならそんなことどうでもいいですね。すいません。で落とすところだ。さっぱりしたら眠くなったので寝室に引き取って横になる。窓を開けておくだけで風がそよそよ入り割に快適な涼しさだった。ところが最近目の前で始まった工事が途中から結構な騒音を立て始めたので窓を閉めてエアコンを弱めに入れる。騒音は幾分かトーンダウンし一時間半ほどうとうとしたようだ。ところが何かをがんがんたたく音で文字通りたたき起こされた。のどの痛みはいくらか楽になっていた。起き出して居間に行くと家人はパソコンで仕事をしてた。そろそろ買い物に行くと言うのでのどの痛みを和らげる薬があったら買って来てほしいと頼む。家人が出かけてる間暇なのでYahoo!のトップページのヘッドラインから気になる記事を読む。年金をもらう年になって老後のことがだいぶ気になるようになって来た。それで年金と老後に関連する記事は片っ端から読むことにしてる。でも今のところの結論を言うと個々の例がことごとく特殊すぎてあまり参考にならない。月々十何万の年金をもらい定年時に何千万貯蓄があったのに気づいたら旦那がギャンブルにつぎ込んで貯蓄が底をついてたなんてそんなレアケースを話題にされても困る。またよく言われる老後の貯蓄は二千万円必要説もそんなには要らないから全然足りないまで人によって言うことがまったく違うんで妥当なんだか不当なんだか一向に要領を得ない。ただし実感で言えば二千万円くらいあったところで僕くらいの低年金でもしも他に収入がなかったら暮らして行けるのはせいぜいが数年ということになると思う。百歳までは無理としても八十歳くらいまで生きるとすれば定年の段階で二千万円くらいの貯蓄では焼け石に水というのが実情に思える。ということで結論は繰り返される。老人の未来は暗い。ヘッドラインにいちばん底まで目を通してしまうとパソコンを閉じて家人が帰るのを待つ。ひとりのときに自分からテレビを観ることは滅多にない。家人が帰宅すると飲んで食べて昼寝。買って来てもらった薬も飲む。随分長くなったけどあとひとつだけ。昨日も今日も昼寝の途中でセールスの電話で起こされる。昨日は教室に電子黒板を導入しないかという件で今日のは塾や教室を検索できるポータルサイトに登録しないかという件。今日のは女性で自分は前職からもう三十年近くウェブコンテンツをつくっててウェブの広告効果なんてたかが知れてると思ってると言うと割にあっさり引っ込んだ。ところが昨日のは男性で要らないと言ってるのに電話を切られたら死ぬとでも思ってるのか話題を広げようとこちらの事情を根掘り葉掘り尋ねる。それで話の途中ですいませんこの会話どちらにとっても無意味だと思うんで悪いけど切りますよと言って強制的に切る。二件とも即着拒。電話はすでに一種の暴力だって思ったことないのかな。せめてメールにして欲しい。まあもちろん無視するけど。