現役の時は東京外国語大学と早稲田の一文と教育を受けて全部落ちた。一浪の時は国立を諦めて早稲田と慶応を合わせて七学部くらい受けて全部落ちた。内申書をもらいに行った高校でお前早慶だけで滑り止めは受けないのかと尋ねられ早慶しか行くつもりはないと答えた記憶がある。偏差値から言うと受かる可能性が全く無いでもなかった。二浪目は早慶を何学部かと上智の文学部と明治の文学部を受けた。明治が滑り止めのつもりだった。上智の一次試験の筆記は英語も国語も世界史(世界史選択だったので。)もすごく素直な問題で手応えもよくこれは受かったんじゃないかと思ったらほんとに受かっていた。二次試験の面接でドイツ人の教授(ドイツ文学科を受けたので。)からされた質問を今でも覚えている。小さい子向けの童話のようなきれいなきれいなお話は、なんのためにあると思いますか。大人になれば現実をもとにしていろいろなことを考えなければならないけど、子供のうちは架空のお話をもとにしていろいろ自由に空想していい。つまり大人になって思考するための訓練をしているんだと思うと答えた。最後に日本人の教授から上智は子供っぽい学生も多いけどがんばって下さい、と言われた。合格だった。合格発表を見た後だったかキャンパスから四ッ谷駅へ戻る道すがら大学のチャペルの鐘が鳴っていてその音がとてもきれいで感動した。これが自分の行く大学なんだと思った。とても寒い日だった。
それですっかり上智へ行く気になって早稲田の合格発表も見に行かなかったら当時六部屋ある浪人生向けの賄い付きの下宿にいたんだけどその下宿人のひとりが法学部の合格発表に君の番号があったような気がすると教えてくれた。一緒に出願したので受験番号が近かったんじゃないかと思う。それで翌日見に行ったらほんとに番号があった。すでに上智の入学金も何十万か親に払ってもらっていたのでどうしようか迷ったんだけど電話して尋ねると早稲田の方がいいんじゃないか、お金のことは構わないからと言うので早稲田に行くことにした。僕としてはできるだけ偏差値の高いところへ行きたかっただけでほんとは法律なんかより文学に興味があったんだけど(ここのところ次のエントリの伏線になってます。)。このとき上智へ行ったか早稲田へ行ったかで人生はがらりと変わったような気もする。誰にでもこういう分岐点はあると思うんだけど僕も就職とか怪我とか彼女と別れるとかでその都度人生が大きく変わった。そのときそのときで最良の選択をしたはずなんだけど最良の人生にはならなかった、という考え方はしない。理由は昨日のエントリと同じ。
ところですごく素直と思っていた上智の入試問題だけどこの前子供が高校の図書館から借りて来た赤本を見せてもらったら全然素直じゃない。つかもう難しくて解こうという気にもなれない。せっかくの学力も廃墟のように荒れるがままになってしまったわけだがその廃墟にあちこち手を入れながらなんとか今の仕事をこなしてることになる。