指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

幸せな日に行く場所。もしくは幸せになるために行く場所。

 家人の校了が終わり僕はバイトの有休を取った。ふたりにとってこれほど晴れがましい日も久しぶりだ。子供は昨日書いたようなバイトではなく流山市にあるサウナに行くということで朝から出かけた。いつもの七時過ぎに目が覚めたけど無理矢理二度寝したら八時半まで眠れた。なんかの夢を見た。朝食は朝マックにしようということになり九時過ぎに家を出る。Tシャツの上に長袖のBDシャツを羽織っただけではやや肌寒さを感じる朝。でもよく晴れている。日中はもう少し気温が上がるだろう。マックで家人はホットケーキを僕はソーセージマフィンを食べオレンジジュースを飲む。食べ終えると電車に乗って池袋へ向かう。村上春樹さんの新刊の出る日だ。朝イチで新潮社からメールが来てたけどどんな前知識も欲しくないので読んでない。買って読む。それだけのシンプルなことがしたい。三省堂書店の店頭に積まれているのを遠くから目にしただけで背筋が震える。手に取ってすぐにレジに向かう。そしてバックパックに大切にしまい込む。それは幸せな行為だ。それから売り場を変えて今日から塾に来る生徒さんのための教材を買う。それもまた幸せを少しだけ積み増しする行為になる。さらに西武百貨店で行われてる大九州展に行き家人が向こうにいる頃から好きだと言う梅ヶ枝餅を買う。バイトで使うアイテムの新しいのを買う。そうして少しずつまた幸せの量が増えて行く。11時半になると開店したばかりのキリンシティーに行く。そこは幸せな日に行く場所であり幸せになりに行く場所でもある。子供が初めて幼稚園に登園した日に会社を休んで家人とふたりでビールを飲みに行ったのがキリンシティーだった。それまでは家人か僕かその両方かが必ず子供の傍にいた。それがとりあえず数時間に過ぎなかったけど子供を信頼できるどこかに預けることができる。それは言い表し様のないくらいの開放感だった。以来キリンシティーはふたりの幸せの象徴のような場所になっている。そのお店は今はなくなってしまった。でも数年前に池袋の別の場所にオープンしたのでそこへ行くことにしている。実はキリンシティーにはもう少し前から縁があって家人の姉の結婚式が僕らの結婚式より少し後だったんだけどそれに参列するために前ノリで博多を訪れたとき夕飯を食べに行ったのが天神だったかのキリンシティーだった。なんで他においしいもののたくさんある博多まで行ってわざわざチェーン店に入ったのかと言われるかも知れない。僕としてはおいしいビールが飲みたかったし家人においしいビールを味わってもらいたいという思いもあったと記憶している。そこで当時としても相当久しぶりにハートランドビールを見つけて注文した。確か瓶ビールだったと思う。濃いグリーンのガラス瓶だ。たぶん日本でピルスナービールというのを初めて飲めるようになったのがこのハートランドビールの登場だったんじゃないかと思うけどこれは間違いかも知れない。とにかくこれがまんまと家人の気に入った。僕としてはこんなに甘いビールだったかなと驚いた覚えがあるんだけど。今のキリンシティーではこのハートランドビールの生を飲むことができる。家人はそれと傑作ビールだと個人的には思うブラウマイスターを僕はラガーの生とブラウマイスターの大きい方のグラスを頼んだ。料理は家人の大好物のザワークラウトをふたり分と四種のチーズのピザとフィッシュアンドチップスの小さい方。ほうれん草のサラダがなくなっちゃったのはとても残念。でもすっかり食の細くなった夫婦にはこれくらいで充分だった。何しろビールも料理もおいしいし明るくて快適だしもともとハレの日にしか来ない場所で記憶もプラスなものばかりだし何よりいくら食べても支払いに困らないくらいのお金がある。そんなにたくさんはない。でも食べられるくらいのお金がある。それはとても幸福なことだ。大金持ちにはならなくてもいい。でも幸せなお金の使い方ができるようでいたい。